泡茶とは、茶葉の構造を読み解くことである。
プーアール生茶はその中で、もっとも悠久を感じさせる茶であり、素朴にして簡潔、剥き出しの茶だ。
遠く離れた雲南の地に想いを馳せながら淹れる、その心意気を持って楽しむ。
しかし、時間と産地という2つの重要なファクターに守られた生茶は、確固たる事実によって香や味が生まれており、茶人の泡茶の影響なぞこの2つに比べたら小さいものだ。
それでも、茶葉に触れた瞬間に完成しているわけではない。
それぞれの抽出は、香気と構造の一部を切り取る茶人「設計」そのものである。



プーアール生茶とは、こういう景色や茶山で話したこと、感じた気配を思い出しながら飲む。
生茶とは──呼称と分類の再考
生茶は晒青毛茶を圧餅または散茶として形成し、時間と共に熟成する。
黒茶の一形態とされるが、生茶=自然熟成の構造体であり、黒茶とは定義が異なる。
体系的にはプーアール自体が黒茶に分類されていることや、昔に微生物発酵していたことがある等して黒茶の一部に入れられることが多いが、黒茶=微生物を用いた急速発酵と定義されるため、プーアール生茶は黒茶にはならない。
そもそもプーアール熟茶と生茶では構造も味も違いすぎる。
とある茶農家の方に、緑茶ある?と聞くとプーアール生茶を出すし、
また別の茶農家の方に、白茶ある?と聞くとプーアール生茶が出てくる。
「これ生普(生プーアールのこと)だよね?」と聞くと、
「そう、生普。緑茶(又は白茶)。」と返ってくる。
お茶はワインやコーヒーと違いISOで分類基準が明確に定められていない。
ワインはお茶と同じくらいの古い歴史を持つとされているが、お茶の方がより文化的、精神的に根付いてきた経緯があり、地域によって考え方や呼称がまるで違うため、整理しきれないからだ。
なので生茶に関しては六大分類に縛られる必要はない。生茶は生茶でいい。泡茶する上でそれ以上の詮索は不要かもしれない。
「黒茶」は技術分類であり、生茶は設計言語においてより強い意味を持つ。
普洱熟茶のような人工発酵ではなく、時間そのものが香気と骨格を形成するという点で、
泡茶における生茶は、最も設計に値する素材でもあるが、前述したように摘んだ段階で品質の7割が決定すると言われる茶の世界において、生普ほど強い力を持ったお茶が一茶人の泡茶技法に揺さぶられるはずもない。
…厳密には、揺さぶることはできるが、変化させることはできない。それほどに強い茶。
三市の地理構造と系統差──設計座標としての地域性
生茶の泡茶を説明する上で、簡単に地理的特性を押さえておく必要がある。
確かに飲めばどこの市のものかは分かるが、それは味以上の力でぶつかってくる余韻の力である。
余韻は味も香も回甘も内包した全ての力だ。
全てが混ざった物に対して、どこのものか間違う時もあれば、どの村のものかまでわかる時もある。
重要なのは、特徴を捉えた上で自分に合った泡茶手段を見つけることだ。
地域 | 気候・地勢 | 香気系統 | 味の傾向 | 抽出設計方向 |
---|---|---|---|---|
西双版納市 (雲南の南側) | 熱帯高温・濃密植生 | 蜜香・獣香・煙香・梅子香 | 骨格と厚みの構造体 | 高温長抽・圧力抽出 |
普洱市 | 山岳冷涼・多様性 | 草香・蜜香 | 酸甘の往復・軽構造 | 湯温操作による味分離設計 |
臨滄市 (雲南の北側) | 高地乾燥・硬質性 | 青香・高山香 | 直線的・硬質構造 | 高温速抽・下投設計 |
この三市以外で原料は生産されていない。製茶は他の市でもされている場合がある。
一般的に北は甘くて南は苦いと言うが、確かに南のお茶は厚みのある強い味に口が引き締まるうまい渋みを持っていることが多い。しかしいいものは蜜香もあり、しっかり甘い。
こればかりは本当に好みの世界でしかない。
西双版納市の茶葉は煮茶が適した茶葉もあるくらいなので、高温で良い。
というか生茶の泡茶に絞って話すと、全て高温で良いということになる。
速抽か長抽かは茶葉と水の量による。
基本を3gからはじめ、大体50倍の水量mlが入る茶器を選べば間違いはない。
3gに対して150mlの茶器だ。
大勢で飲む場合は全然足りないので、これを基準に増減させ、自分似合った好みの量を探していく。
ちなみに私はほとんどの茶葉をまず3g、磁器の150〜220mlの茶器で淹れる。
途中で味が薄いと感じたら煮茶に変えたり長抽に変更するためだ。
茶山と品種──地理から味を読む設計論
これらはあくまで参考値となる。
大事なのは自分が持つ茶葉に対して初回のアタックで参考に試すことで、2回目以降に設計を調整していく感覚だ。
市名 | 茶山名 | 海抜 | 品種 | 香気構造 | 味構造 | 抽出設計方向 |
---|---|---|---|---|---|---|
西双版納(勐海) | 布朗山 | 約1600m | 布朗大葉種 | 獣香・煙香 | 渋重・骨太 | 高温長抽、圧力設計 |
西双版納(勐海) | 南糯山 | 約1300m | 南糯白毫種 | 花香・果香 | 軽甘・青控えめ | 中温速抽、観香設計 |
西双版納(勐腊) | 易武 | 約1400m | 雲南大葉種 | 蜜香・草香 | 甘香強・渋柔 | 低温短抽、香の持続設計 |
普洱市 | 景邁山 | 約1500m | 景邁古茶種 | 草香・蜜香 | 酸甘構造・軽骨格 | 湯温による香味分離設計 |
普洱市 | 思茅 | 約1600m | 雲南大葉種 | 薬香・森香 | 渋み中心・中厚味 | 高温短抽、骨抽出設計 |
普洱市 | 澜沧 | 約1700m | 攸樂群体種 | 森香・植物香 | 渋苦重・硬直骨格 | 高温瞬抽、速湯切り設計 |
臨滄市 | 鳳慶 | 約2200m | 鳳慶大葉種 | 青香・高山香 | 硬直渋・苦先行 | 高温圧抽、下投法設計 |
臨滄市 | 勐庫 | 約1500m | 勐庫大葉種 | 焙香・重香 | 重厚・滞留滋味 | 湯温変化による段階抽出設計 |
洗茶の必要性と以降の抽出設計
洗茶の役割と実施方法
- 茶葉表面に付着した微粒子の除去
- 茶葉を湿らせて抽出効率を高める
- 香気層の開放準備(特に古樹・陳年生茶では顕著)
よく話題に上がる洗茶。これはした方がいいのか、しない方がいいのか。
私の結論は「したらいい。1煎目は飲まなくてもいい茶葉もあれば、逆の茶葉もある。」
これを語るにはまず、中国文化や中国の生活の現実に触れる必要がある。
単に風習を知るためではなく、茶そのものがその土地の気候・人々・価値観とともに生きてきたからだ。
たとえば「洗茶」については、衛生面に理由を求める声もある。
実際、中国の一部地域では屋外乾燥や露天保管が一般的で、製茶工程の後半は微細な粉塵や毛髪が混入する可能性もある。
農村部や茶山では「茶葉は洗ってから使うもの」という感覚が根づいていて、これは習慣であると同時に、生活環境に基づく合理でもある。なぜなら彼らは中国のトイレをはじめとした衛生的に綺麗とは言えない場所での汚れが体についている可能性を決して甘くみないからだ。
ただし、現代、特に日本においては「汚れているから洗う」ではなく、香気層を整えるための泡茶設計の一環として「洗う」という捉え方が多い。
また、製茶作業時には清潔な手袋を付けて行い、1煎目から飲めることを語る茶農家も多くなっている。
だからこそ重要なのは、茶葉の状態と自分の意図を見極めることである。
香りを立ち上げたいのか、味を沈めたいのか。はたまた100度で消毒したいのか。
洗茶を“する・しない”ではなく、“どう捉えるか”が問われている。
【洗茶のやり方】
- 95〜100℃の湯を使用。茶葉には直接湯を当てない。
- 湯注後すぐに排水(1〜2秒)
- 蓋碗/急須を揺らさず、茶葉に優しく湯を通す
→ 湯に色が出ても問題なし。香りの立ち方を見て次煎の湯温を調整する判断材料にする
洗茶後は香気が徐々に開き始める。特に青香が薄まり、果香や薬香が立ちやすくなる。
洗茶以降の抽出設計
二煎目以降は、生茶の個性が形を取り始める煎域。香りの層が明確になり、滋味の輪郭が現れる重要な段階。
・二、三煎目
- 湯温目安:約90〜95度
- 抽出時間:3〜6秒
- 香り:薬香、果香(梅子香・森香)が出やすい
- 味わい:苦渋が柔らぎ、甘みの兆しが見える
・四煎目
- 湯温目安:約90〜95度
- 抽出時間:6〜10秒
- 香り:獣香や薬香が安定して現れる
- 味わい:甘みと厚みが増し、余韻が長くなる
・五煎目
- 湯温目安:約90〜95度
- 抽出時間:8〜12秒
- 香り:香気がやや丸くなり、熟香系が混じる場合も
- 味わい:甘みがピークに達し、渋みが沈静化
おおよそ3gの茶葉を用いて美味しく飲める生茶の泡茶回数は、耐泡とされていても10〜12、3回であろう。
その中で、4、5煎目で最も美味しくなることを目指して淹れていくことが肝要である。
私が初めに洗茶は”してもいい”と述べたのはこのためだ。1煎目は洗茶がてら捨ててもいい。
温度は細かく書いてみたが、沸騰直後のお湯を使用して差し支えないが、できれば沸騰の泡立ちは消えている状態(95度)くらいにはするのがいい。
1度の差で違いを感じれるほど味に差はでない。沸騰直後(100度)か、沸騰の気泡が消えた状態(約95度)か、湯気の上がり方がゆらゆらとした状態(約80度)を使い分ければいい。
洗茶時のコツ
・生茶は茶葉の作り、年数、保管環境によって反応が異なる
・古樹/陳年茶は香気展開に時間がかかるため、初煎では焦らず
・揉捻が強い茶葉では滋味の押し出しが早くなるため、四煎目以降の制御が重要
・「甘み優先」「香り優先」など意図に応じて湯温・抽出時間を微調整すること
洗茶から五煎目までの泡茶設計は、香気と滋味の接点を丁寧に見極める工程であり、茶との対話そのものである。飲み手の求める世界観に応じて、香りの余韻、味わいの厚み、抽出のテンポは自在に調整できる。
茶器素材と熟成段階──構造を扱う道具の設計論
蓋碗と茶壺の比較 ── 生茶泡茶における器の選定
蓋碗は香気の確認に優れるが、温度保持がやや弱いため、骨格抽出や重煎設計には不向きな場合も。
茶壺は香気が沈み込みやすく、骨格と厚みが出る。多煎設計・熟成茶に向いているが、香気確認はしづらい。
項目 | 蓋碗(がいわん) | 茶壺(ちゃこ) |
---|---|---|
構造 | 碗+蓋+托の三点構成 | 注ぎ口・蓋・把手から成る密閉構成 |
操作性 | 湯温・湯流・抽出時間の調整がしやすく、香気確認も容易 | 抽出時間が安定しやすく、温度保持に優れる |
香気への効果 | 香りが上方に立ち上がり、青香・果香に適する | 香りが内部に滞留し、薬香・焙香・獣香に適する |
適する茶葉 | 嫩芽系/若い生茶/香気設計重視の泡茶 | 布朗系・硬葉系/熟成茶/滋味・骨格重視の泡茶 |
素材選定 | 白磁・青磁・磁器など(軽やかな香気表現) | 紫砂(高熟茶向き)/素焼き(粗葉・野趣系) |
特性まとめ | 香気観察に優れるが温度保持はやや弱め | 滋味抽出に優れるが香気確認は困難 |
生茶は製法上、若いものはほぼ緑茶になる。対応も緑茶と似ていて良い。
とりあえずは白磁の蓋碗を使用すれば良い。
熟成年数と茶器の関係性というよりかは、熟成年数や産地等の特徴も含めたトータルの状態に対する関係性を見る必要がある。
13年をすぎて甘みが強くなったお茶は天目でさらにまろやかにすることで旨みが増す。これらは私個人の経験からくるものであり、20年でも白磁が合うものも沢山存在する。
熟成段階 | 推奨素材 | 狙い | 所作方向 |
---|---|---|---|
1〜3年 | 白磁・青磁・ガラス | 青香展開/観香重視 | 視覚と香に寄せる設計 |
4〜12年 | 紫砂・素焼き | 骨格強調/温度保持 | 重厚な圧力抽出 |
13年〜 | 天目・骨壺 | 香気滞留/余韻設計 | 儀式的・香の封じ演出型 |
選択のコツ
• 若茶/嫩芽茶には蓋碗から入り、茶葉の反応を見たうえで壺に移行するのも良策
• 特に茶壺は品種ごとの相性が顕著で、紫砂(高熟茶)か素焼き(粗葉・野趣系)かの素材選定も合わせて考える必要がある
技法・湯温設計──香気構造の読み取りと抽出精度
柔らかい春の茶葉は熱湯を直接かけることで細胞がすぎることがある。
とはいえ熱湯抽出が向く茶であるため、一概には言えない。
下投で泡茶をし、違和感を感じたら次回上投を試してみるのが良い。
技法 | 適した茶類 | 所作目的 | 湯温設計 | 演出との関係性 |
---|---|---|---|---|
下投法 | 厚葉・熟成茶 | 骨格抽出 | 高温瞬抽/速湯切り | 無演出/構造抽出型 |
観香法 | 芽芯・若茶 | 香気展開 | 中温短抽/温度連続 | 芳香演出/視覚設計型 |
滞留法 | 密葉・重香系 | 余韻強調 | 湯温変化/段階抽出 | 滞留演出/印象操作型 |
思想的含意──設計可能な茶という視点
生茶は「未完の茶」ではない。
むしろ、中国茶においてもっともシンプルに完結し、時間と共に進化し続ける設計可能な茶の原型である。
雲南省が周辺地域に自分たちの茶葉の品質の良さをアピールするために作り出した、無駄を削ぎ落とした味わうための茶の王的な存在だ。
とはいえ製茶師の感覚技術力に頼っている部分も大きい。
誰もが手に入る生茶は、構造美と思想が宿る茶──
泡茶を行う茶人にとって最も読み応えある一枚の図面である。