泡茶探味◾️一章:緑茶──清香と吹き抜ける風の輪郭

泡茶の技法を理論的、感覚的、ときには抽象的に。
美味しく飲みたいだけの方は、7の整理だけ見てもらえれば問題ない。

はじめに

緑茶は、六大茶類の中でもっとも繊細だ。
湯が熱すぎれば香気は散り、低すぎれば腰のない味になる。
だからこそ、泡茶においては“温度”と“器”が、茶人の心を映す鏡となる。

私はこのように考えている。
「緑茶とは、水面に心を写すような茶」
淹れ方による味の変化は大きく、茶葉毎の対応も異なる。
気を抜いて淹れると味は乱れ香りはどこか遠くへ飛んでいく。
毎年毎年、新茶ができれば状態を確認し、ベストな淹れ方を模索する。
慣れてくれば、1度目は大体に適した淹れ方で飲んでみて、その味や香りで2度目はベストな選択が頭に浮かぶようになる。
これは言葉で説明することはできない繊細な調整の上に成り立つ所作となる。


泡茶器の選び方:盖碗か茶壺か

器具特徴緑茶との相性
盖碗(がいわん)蓋・碗・托の三位一体。香りの立ち上がりが鋭く、湯加減の調整も自在観香に適し、初心者にもおすすめ
茶壺(ちゃこ)急須型で香気が閉じ込められやすい。陶器素材により温度が安定滋味を重視する上級者向け。特に烘青型に向く

緑茶ではまず「盖碗」から入ることを勧める。
茶葉の姿を見て、音を聴き、香を嗅ぎ、湯の温度に神経を張る——その一連に、茶人の緊張と慈しみが込められる。
盖碗は16世紀の清の時代にできた泡茶の最も基本的な道具である。その形は当時から今までもほとんど変化がなく、レトロで簡潔で完成されている。
壺とは違い、自分の手でお湯をコントロールしている感覚があり、それは何にも変え難い体験となる。

観香とは、香りを聞くこと。
香りは嗅ぐとは言わない。なぜなら、香りには姿がない。
だからこそ、心で“観る”という態度が求められる。茶人は香気の中に、茶葉の出生・季節・時間の気配を読み取ろうとする。
この観香が基本にして重要。


茶器素材比較表

緑茶の香気と味わいを導くのは、茶器の素材である。
素材の違いは、茶葉と湯の交わる瞬間に静かなる変化を生み出す。
大きな変化ではない。あくまで、静かな変化。

素材特徴・質感香気の演出温度保持適した緑茶例所作の印象
白磁滑らかで光沢あり、色調は純白◎ 香気がくっきり立つ○ やや冷めやすい西湖龍井、碧螺春など嫩芽系端正・静謐
青磁柔らかい青みを帯びた半光沢◎ 香気を柔らかく包む◎ 優れた保温性安吉白茶、黄山毛峰清澄・詩的
紫砂多孔質で茶の成分を吸収する性質△ 抽出がマイルド◎ 非常に高い六安瓜片、高焙煎の緑茶落ち着き・重厚感
素焼き(無釉)ザラつきと柔らかさが共存△ 香りの立ちは抑えめ◎ 湯の保持に優れる粗製緑茶、野趣ある品種素朴・民芸調
ガラス透明で演出向き、無臭◎ 視覚的に香気を強調△ 冷めやすい嫩芽緑茶の舞いを楽しむ場面軽やか・現代的
銀器冷たさと高反射性○ 香りに透明感あり△ 冷めやすい高級嫩芽茶(儀式性)儀式的・高雅
紫陶高温焼成による艶やかで硬質な質感○ 香りを保ちつつ柔らか◎ 保温性高い厚葉系緑茶雅致・現代感
天目鉄釉による深みと重厚な見た目△ 香りは落ち着く○ 適度な保温性滋味系緑茶(雲南大葉種など)寂・幽玄

🧾 コツと注意

  • 緑茶は「香りの揮発」と「温度変化」に極めて敏感な茶種であり、茶器の素材選びが茶席の印象を大きく左右する
  • 白磁と青磁は香気重視の嫩芽茶に相性が良く、そもそも白磁を使っていれば大失敗はない。水色の確認もできる白磁がおすすめ。
  • 100度のお湯を白磁の蓋碗にいれ、上から茶葉を乗せて、蓋で軽く茶葉とお湯を撹拌する。1煎目で出した茶湯は出し切らずに残して、2煎目以降お湯を足していく。この際にお湯は茶葉に直接かけず、茶器の縁にお湯を当てながら淹れる。
  • 紫砂や素焼きは、温度保持に優れ、滋味を重視する茶に向いているが、香りの繊細さをやや抑える傾向がある。
  • ガラスは茶葉の舞いを視覚で楽しむ場面に。現代的な演出や茶の教示に適している。
  • 銀器は儀式的な場面で使われることが多く、非日常感を高める素材。香りに透明感が宿る。

茶器は、ただの道具ではなく、茶席の風景そのもの。


湯温の設計:お茶の呼吸に合わせる

茶のタイプ推奨湯温理由
嫩葉(やわらかい春摘み)約80℃甘みと香気を守るため。高温だと渋味が出すぎる
烘青型(釜炒り系)約80〜85℃焙香を活かしつつ、焦げを避ける
白毫入り約80℃前後白毫の甘さを引き出し、花香を際立たせるため

湯温とは、茶と対話する声量。
急いで叫べば香は逃げるし、静かすぎれば茶葉は答えない。
品種毎に様々なアプローチがあり、全くこの限りではない。


投茶技法

茶を淹れる所作の中でも、「茶葉をどのタイミングで、どう入れるか」は極めて重要な要素である。
投茶技法は、香気の展開・温度の制御・視覚の演出に直結しする。

何が何でも先に茶葉をいれてお湯をぶっかければいいものではないことをまず理解する必要がある。

緑茶においては「上投法(湯を注いだ後に茶葉を入れる)」が特に美を持つ。
香気の立ち方が繊細で、湯面に茶葉が舞いながら沈む姿が、まるで水墨画のように静寂を描く。

  • 効果:香気の保持・水温の安定・視覚的な美しさ
  • 注意点:茶葉の投入は一度に、沈むまで蓋をしない

上投法(湯を先に入れ、その後に茶葉を投じる)

  • 使用例:緑茶、嫩芽系、観香を重視した場面
  • 特徴:香りが湯面に立ち上がりやすく、視覚的にも美しい
  • 注意点:湯温を先に安定させるため、香気が繊細な茶に最適

中投法(茶葉と湯を同時に投入)

  • 使用例:日常泡茶、やや粗葉や中葉の烏龍茶、黒茶など
  • 特徴:スピーディで実用的、香気の立ち方と湯温のバランスが良い
  • 注意点:茶葉が踊るように抽出されるが、香気の繊細さは少し抑えられる

下投法(茶葉を先に入れてから湯を注ぐ)

  • 使用例:熟茶、白茶、黒茶、厚みのある葉を使うとき
  • 特徴:香気が封じ込められやすく、滋味重視の茶に向く
  • 注意点:高温の湯が直接葉に当たるため、湯温の見極めが重要

温杯投茶法(湯で器を温めたあとに茶葉を投じる)

  • 使用例:蓋碗や茶壺を使った正式な泡茶
  • 特徴:香気を引き出す「乾香」演出が可能、所作として美しい
  • 手順:湯で器を温め→湯を捨てる→茶葉を入れて香りを観る(観香)

技法比較表

投茶法湯と茶の順適した茶類香気表現湯温管理所作美
上投法湯 → 茶葉緑茶、嫩芽茶◎ 繊細に立つ◎ 湯温安定◎ 視覚美
中投法同時投下烏龍茶、日常茶○ バランス型○ 汎用性高○ 実用的
下投法茶葉 → 湯熟茶、黒茶、白茶△ 香気控えめ△ 高温注意○ 控えめ
温杯法温杯 →茶葉→湯全般(特に高級茶)◎ 乾香の引き出し◎ 精密操作◎ 儀式的

技法のコツと注意

  • 茶葉の性格を見る:芽茶 → 上投法/厚葉 → 下投法が基本
  • 提供目的で選ぶ:演出か実飲か、記憶に残すか日常使いか。演出ならガラス茶海に下投でお湯を高い位置から端に注ぎ、茶葉に躍動感溢れる動きを与えて回す。
  • 自分の所作に馴染むか:手の高さ・リズム・呼吸が技法と合っているか
  • 湯との“接触時間”を調整できる技法か:香り重視か滋味重視かによる

品種別適温表(代表品種+地域特有の茶)

緑茶は香気と鮮度を活かすため、湯温の管理が極めて重要であることは前述したが、
品種の特徴に合わせて温度を選ぶことで、雑味を抑え、茶葉本来の滋味を引き出すことができる。
これらは茶葉の形状はもとより、どの品種がどのような特徴を持っていて、どのように淹れると最適解に近いかを理解するために必要な知識となる。
例えば、大葉種のお茶であれば緑茶に限らず高温対応が向く。それは六大分類さえ飛び越えた品種が持つ特徴だ。

品種主な産地葉の特徴推奨湯温備考
西湖龍井浙江・杭州嫩芽・扁平加工75〜80℃繊細な香気、低温で優雅に抽出
碧螺春江蘇・蘇州細撚芽茶70〜75℃芽茶多め、低温で甘みを引き出す
黄山毛峰安徽・黄山芽と毛が多く柔らか75℃前後香気重視、湯音にも気を遣う
六安瓜片安徽・六安完葉・厚め80〜85℃炒青系で火香あり、やや高温でも◎
安吉白茶浙江・安吉葉が白緑色で繊細70〜75℃葉色変異種、低温で甘みと清香
太平猴魁安徽・黄山大葉・扁平で厚み80〜85℃香気濃厚、やや高温で抽出力UP
雲南大葉種緑茶雲南全域大葉・発酵度ほぼなし85〜90℃野趣あり、高温で厚みが出る
峨眉清心(きょうせいしょう)四川・峨眉山嫩芽系・清香重視75〜80℃上投法で香気を引き立てる
川緑(四川緑茶)四川省各地地域差あり75〜85℃高地系はやや高温、嫩芽系は低温
午子仙毫陕西・漢中芽芯が細く白毫多め75〜80℃清香で甘み強く、上投法に向く
紫阳毛尖陕西・紫陽線形・軽撚、芽葉混合75〜80℃山間の鮮緑系、穏やかな抽出が◎

🧾 品種毎のコツ

  • 雲南緑茶は、紅茶で有名な「雲南大葉種」を使った緑茶も多く、大葉で厚みがあるため高温抽出が向いている
  • 四川省は緑茶の隠れた名産地。峨眉山の名品「清心」や雀舌は品の良い香気と茶葉の形状が特徴。低温抽出が◯。
  • 地域ごとの高度や製法によって湯温の調整幅が広く、茶席では湯の冷まし方に工夫が必要となる。

整理:緑茶の簡易泡茶と複雑な所作

総じて緑茶は強い温度に弱め。
90度くらいまで下げて入れれば大事故は起きにくいという認識でいいが、厚みのある葉や雲南大葉種は100度がいい。
また、90度に下げる方法としては、湯の湯気の立ち上がりを見れば明らかだ。
激しくまっすぐと上がっていれば100度、上がる速度が落ちユラユラと上がり始めると90度くらい。
それを確認するためにも、緑茶はまず”上投法”でいれるのがいい。
道具に限らず、お湯を入れてから、茶葉を沈める・
軽くかき混ぜて湯に浸し、2、3分待つ。
2煎目以降を淹れる際にはお湯を茶葉に直接かけずに、茶器の縁に当てながら入れる。
熱湯で茶葉の組織を激しく損傷すると苦味が出る。

ここまで読んでいただいたお茶初心者の方がいれば、
「緑茶ってなんて面倒くさいんだ」と思ったかもしれない。

これらの所作はあくまで探味。
美味しく飲むだけなら、

①茶葉一掴みをマグカップへ投入する
②お湯を入れる(何度でもいい)
③半分飲んだらまたお湯を入れる、これを味がなくなるまで繰り返す。

これだけでいい。正解はない。簡易な方法で新たに気付けることもある。


終わりに──緑茶は「削ぎ落とし」

緑茶の泡茶は、何かを足すのではなく、何かを静かに取り払っていくもの。
温度、器、手順——それらはすべて、茶葉の言葉を遮らないための工夫であり、謙虚さの形。
いかなる時も茶葉を邪魔してはならない。または、邪魔することで成り立つ茶葉であるなら、大いに邪魔をすべき。
誰かのためでなく、自分自身の満足のために。