泡茶探味◾️第二章:白茶──時と沈黙を味わう感覚

本当にいいお茶は雑にいれても美味しい。
しかし、本当にいいお茶こそ最高の状態で飲みたい。
悪い茶葉は何をしても応えてはくれない。
しかし、本番の前に技法による変化を感じ取る練習のための茶葉は必要。

はじめに

白茶は、六大茶類の中で最も「触れない」茶だ。
揉まない、炒らない。湯で殴ることも、器で矯正することもなく、ただ「待つ」。
だからこそ、泡茶においては「接触の角度」と「見ているだけの時間」が、茶人の身体性と技術力を曝け出すことになる。

白牡丹の中には僅かな殺青を行なっているものもあるが、泡茶にはあまり影響しないので気にしないでいい。大事なのは白茶の本質だ。

私は白茶をこのように定義するとストンと腹に落ちる。
「白茶とは、時間と沈黙の中で”待つ”を根底に置いた茶」

味は控えめなときもあるが長い。香りは淡いが残る。
年月と共に、内側の言葉を発し始める。
扱う者が急げば、茶は黙る。
待てる者にだけ、口を開く。

泡茶器の選び方:蓋碗を基本とする

器具特徴白茶との相性
白磁蓋碗香気が立ちやすい若白茶向け。淡香と軽味の演出に最適
紫陶蓋碗保温性が高く、質感も落ち着いている中〜後期の白牡丹・月光白などに適す
茶壺(紫砂など)温度保持と深みが出やすい老白茶に向く。厚みと余韻抽出に向く

白茶の泡茶には、まず「蓋碗」を推奨したい。特に新白茶において、香気や水色を確認しながら湯と茶葉の挙動を観察できる。
老白茶や民間熟成茶においては、保温性の高い紫砂や茶壺を用いることで、茶葉の深部を呼び起こす泡茶が可能になる。
熟成で味が大きく変わる黒茶と白茶においては、老茶のムンムンとした香りを楽しむことが重要だ。

観香とは、香りの“気配”を読むこと。
白茶において重要なのは、乾香と湿香を両方聞くこと。
緑茶は湿香だけでいい。
しかし白茶の乾香は、麦藁や薬香のような淡くも強い特徴を持ち、蒸気と共に立つ乾香から湿香へ変化するその瞬間が、最も白茶らしい時間となる。

茶器素材比較表

素材香気表現温度保持適した白茶所作の印象
白磁◎ 香りが明瞭に立つ△ やや冷めやすい銀針・嫩白牡丹端正・清明
青磁○ 香りを包み込む○ 適度な保温白牡丹・新寿眉柔和・詩的
紫陶△ 香りは控えめ◎ 湯温維持に優れる熟成白牡丹・月光白重厚・静寂
紫砂△ 香りは柔らかくなる◎ 高温保持が可能老白茶・厚葉系落ち着き・工芸的
天目△ 香気は沈む○ 適度な保温性熟成白茶の滋味系幽玄・鉄性
素焼き△ 香りは鈍い◎ 湯の力を伝える野製白茶・寿眉民芸・素朴
ガラス◎ 視覚的な茶葉演出△ 冷めやすい銀針の舞いを見せる場面演出・現代的

白茶に適した茶器選びのコツ

茶壺よりも蓋碗や玻璃(ガラス)器
•  蓋碗:白茶の香気を逃さず、湯温も柔らかくコントロールできる。特に中庸な磁器製が理想。
•  ガラス器:美しい茶葉の展開や水色の変化が楽しめるが、老茶は見なくても良いかもしれない。
•  茶壺は香りを閉じ込めすぎる場合があるので、火香が強い白牡丹や寿眉など、個性が強い茶に限って使うのがよい。


湯温の設計:開かせる温度

白茶は緑茶よりも耐熱性が高い。
だが、香気と味の出方は温度の立ち上げ方によって明確に分かれる。特に若い茶と熟茶では、接触時間の設計が要。

茶のタイプ湯温目安理由
銀針(新茶)約85℃香気を揮発させすぎないよう、やや抑える
白牡丹(若)約90℃味と香りがバランスよく抽出される
寿眉(若)約95℃葉が厚いため、やや高温で滋味を引き出す
月光白(雲南)95〜100℃大葉種のため高温で抽出力を活かす
老白茶(熟成系)沸騰直後茶葉を呼び起こすため湯の力が必要

湯温は「茶を起こす力」であり、「香りを撫でる力」でもある。
銀針のような芽に対しては湯の勢いを抑え、熟成白茶では湯の強さで目を覚まさせる。

临沧古树白茶

よく白茶=軽発酵と勘違いされている。このような大葉種の高発酵白茶が銀針と同じ淹れ方でいいはずがない。

白毫银针

抽出時間と回数:語りかける呼吸

白茶は一煎ごとの変化が緩やかで、少しずつ味が出て、すこしづつ下がっていく。
抽出時間は谷型と思ってくれればいい。

茶の種類抽出時間(初回)以降の変化
銀針約30秒徐々に短縮、香気が続く
白牡丹約40〜45秒2煎目以降は注いですぐに
月光白約50秒味が濃くなるため、やや抑え気味
老白茶約60秒〜90秒月光白に同じく

初めは30秒置いたとするなら、2煎目は15秒、3煎目は10秒、、、
そして最後が10煎目とするなら、10煎目が30秒。
プーアール生茶と違い、4、5煎目で美味しく淹れることを狙って泡茶する必要はない。茶葉の状態と返答にあわせてこちらが完全に合わせにいく。

一煎目では「香り」、二煎目で「味」、三煎目で「余韻」へと変化する。
五煎目以降も淡く続くのが白茶の魅力。

投茶技法

技法湯と茶の順特徴適した白茶
上投法湯 → 茶葉香り重視・舞の演出銀針・嫩白牡丹
中投法同時投入香味均衡・実用性高若寿眉・野白茶
下投法茶葉 → 湯滋味重視・厚みと余韻老白茶・熟成白牡丹

白茶は「湯の力」が味に直結する茶。
縁から注げば香が広がり、真上から注げば厚みが立ち上がる。沈黙の時間は、最も美しい抽出の瞬間。

品種別適温と特徴

品種製法特徴推奨湯温味の傾向
白毫銀針芽のみ。繊細で香り高い約85℃清香・甘み・軽やかさ
白牡丹芽と葉。バランス型約90℃花香・厚み・爽やかさ
寿眉葉多め。粗葉含む95〜100℃野趣・温厚・甘み深い
月光白雲南大葉種。陰干し製法95〜100℃花香・厚味・苦甘複合
老白茶数年熟成。色濃く香穏やか沸騰直後薬香・木香・深い甘み

見分け方:銀針は白毫の密度、牡丹は葉の形と混入率、寿眉は厚みと茶縁の枯れ感。月光白は大葉の強さと香りで判断する。熟度は香気の沈静性で見抜ける。

整理:白茶の簡易泡茶と複雑な所作

白茶の美味しさは“静けさの抽出”である。
構造化すれば技法になるが、本質は“余白の解釈”。香りが立たなければ立たないでいい。味が深ければ、それを拾えばいい。

  • 泡茶技法は味を探す行為ではなく「沈黙と記憶を呼び戻す儀式」
  • 蓋碗は白茶の“呼吸”を見る器。茶壺は記憶を引き出す道具
  • 抽出において、急げば黙る。待てば語る。時間が白茶の言葉を引き出す
  • 器と湯温と投茶——その全てが、沈黙の中で静かに働く

白茶は、茶人の“待つ技術”に応える。
それは、時間と沈黙を味わう感覚。

理屈を理解した先に、その理屈に感覚に当てはめる言語化が可能となる。
あの感覚を研ぎ澄ませるために、あの所作の理屈があったのか、と全身で自分を納得させられる。