紅茶とは、発酵を通じて香気を生み出した茶である。
この章では、晒紅等を含む中国紅茶、そして泡茶技法と器・素材に焦点をあてながら、西洋の紅茶文化との対照も探る。
はじめに──紅茶とは「香りを定着させる茶」
紅茶は、発酵により、葉の中に香と味を定着させる。
製茶の過程で香気は変容し、湯に触れたその瞬間、過去の記憶が立ち上がる。
緑茶が「削ぎ落とす茶」であるならば、紅茶は「編み込む茶」。
味と香りを香気として編み込まれた茶葉に対して器や泡茶技法を選び、さらに編み込む。
刻まれた記憶にさらに寄り添いながら編み込む──それが紅茶の泡茶思想である。
本章では、中国紅茶を中心に、晒紅・閩紅・滇紅・正山などの香気設計と、泡茶器・技法・素材が織りなす微細な味の変化を探る。その過程で、西洋紅茶文化との交差──思想の違いにも触れておく。
紅茶は発酵が進んでいるので、カフェインは緑茶と比べて少ないように見える。
しかし、実際は品種や大葉種等の違いが大きくはあれど、緑茶と紅茶のカフェイン量自体には大差はないと言っていい。
どちらも100ml辺り約30mgくらいは含まれる。ちなみに玉露はその5倍は含まれるとされる。
ただ、紅茶はリモネン、ピネン、テアニン等の血流促進成分が多いため、見かけ以上にカフェインの影響は大きくでない人が多い。見かけ数値に騙されないことが肝心だ。
紅茶の製造工程と分類
- 萎凋 → 揉捻 → 発酵 → 乾燥の基本工程
- 工夫紅茶(整葉)と紅碎茶(CTC加工)の違い
- 晒紅:紅茶と白茶の境界に立つ存在
- 閩紅:火香を抑え、花香と気品を設計した福建系紅茶
- 西洋紅茶(ダージリン・アッサムなど)の製法、思想的背景
イギリス式ティー文化では、紅茶は“味を均質化する”。
中国式泡茶では、“香気を聞く”態度が基本となる。
紅茶は、萎凋 → 揉捻 → 発酵 → 乾燥という4つの主要工程で作られる。
萎凋(いちょう)では、茶葉の水分を落としながら葉に眠る芳香成分を引き出す。
揉捻(じゅうねん)により細胞壁が壊れ、酸化発酵が進み、香気と色調が形づくられる。
発酵は時間と湿度によって香りの輪郭を決める最も重要な段階。
そして乾燥で、味と香りが固定される。
紅茶には大きく「工夫紅茶」と「紅碎茶」の2つがある。
工夫紅茶は手揉みによる整形タイプ。香りの層が深く、泡茶に適する。
紅碎茶(こうさいちゃ)はCTC加工(Crush-Tear-Curl)などによる量産型。主にティーバッグなどで流通し、香りは単一的で泡茶には不向き。
晒紅(さらしこう)は、発酵の浅いタイプであり、白茶や黒茶との境界に立つ。
雲南で伝統的につくられていた晒紅は、天日乾燥を主体としながら、揉捻の加減によって紅茶とも白茶とも言える性格を持つ。
閩紅(びんこう)は福建省の紅茶で、祁門紅茶などに代表される。火香を抑えつつ、花香・果香が繊細に折り重なる。製法は滇紅に比べて発酵のコントロールが緻密であり、香気表現の芸術性が高い。
品質の劣るものを購入すると香ばしさだけが全面にでているようなものもある。
西洋紅茶との違いも重要である。
ダージリン、アッサム、セイロンなどはインド・スリランカなどで作られ、CTC加工が主流。
香りは強く、色は濃く、牛乳との相性を考慮した設計になっている。
一方、工夫紅茶は単体での香気設計が主であり、余韻を楽しむスタイル。
西洋の紅茶文化はイギリスの「アフタヌーンティー」などに代表されるが、その背景には植民地時代の紅茶貿易、貴族階級の社交習慣がある。茶の味は「整える」ものとして捉えられ、ブレンドや香料を用いて均質化を図っていることが多い。
それに対して中国式泡茶では、「香気を聞く」という態度が基本。
香りを嗅ぐのではなく、観る──その中に季節、時間、葉の記憶を読み取る所作である。
この文化的分岐を踏まえて、泡茶として紅茶に向き合うための器・素材・技法を探っていく。

泡茶器の選び方
紅茶において、味わいと香気の展開を決定づけるのは器である。湯と茶葉が初めて触れ合う瞬間、その「場」をどう設計するか──そこに泡茶人の思想が現れる。
器具 | 特徴 | 紅茶との相性 |
---|---|---|
蓋碗 | 香気の立ち上がりに優れる | 晒紅・閩紅・観香重視型に最適 |
耐熱ガラス | 湯色や茶葉の演出向き | 滇紅など果香系品種に適す |
素焼き壺 | 湯温を長く保持 | 焙香系晒紅・閩紅に合う |
紅茶は基本的に発酵が進んでいるため、湯温は高め。
蓋碗で香気の立ち方を見るか、ガラスで茶葉の動きに語らせるか、素焼きで滋味に沈むか──
泡茶とは、どの香りに寄り添い、どの記憶に響かせたいかという問いである。
蓋碗は紅茶の香気設計にとって最も汎用性が高い。
その扱いに慣れれば、香りを嗅ぐのではなく「観香」の所作へと昇華できる。
茶器素材比較表(紅茶)
紅茶は香気の層が厚く、余韻の長い茶種であるため、茶器の素材が深く関与する。
緑茶編では「香気の立ち上がり」に主眼を置いたが、紅茶では「香気の滞留と拡散の間」こそが要であると考える。
素材 | 特徴・質感 | 香気の演出 | 湯温保持 | 適した紅茶例 | 所作の印象 |
---|---|---|---|---|---|
白磁 | 純白・香気を立てる | ◎ | ○ | 正山、閩紅 | 静謐 |
青磁 | 柔らかく包む | ◎ | ◎ | 晒紅、滇紅 | 詩的 |
紫砂 | 滞留させる | ○ | ◎ | 高焙晒紅 | 重厚 |
素焼き | 素朴で温度保持◎ | △ | ◎ | 龍井紅など焙香型 | 民芸調 |
ガラス | 視覚重視 | ○ | △ | 滇紅など演出向き | 現代的 |
銀器 | 儀式性あり | ○ | △ | 特別茶席 | 高雅 |
紫陶 | 高温焼成で均質 | ○ | ◎ | 火香系紅茶 | 雅致 |
天目 | 沈静的・鉄釉 | △ | ○ | 熟香系晒紅 | 幽玄 |
紅茶は香気が強いため、素材によっては香りが「過剰に拡散する」か「閉じすぎる」ことがある。
そのため、器選びでは自分が何を聞きたいのか──香りか滋味か、それとも湯音か──という意思が必要。
とくに晒紅は、青磁や紫陶などの「香気を包み込みながら穏やかに湯温を保つ素材」が適している。
紫陶であれば黒いため水色が確認できないデメリットもあるが、水切りが良く煎を重ねる紅茶には最適。
ガラスは視覚を重視する茶席で効果的だが、香気の深層には届きにくいことがある。
ちなみに晒紅は日本ではあまり飲まれていないので、雲南に行って初めて飲む人は癖があるように感じるかもしれない。
🧾 コツ:香気を引き出す茶器選定
- 晒紅は空気に触れさせることで香気が立体化
- 龍井紅等の火香が強いものはは素焼き壺で焙香を強調
- ガラス器は湯温を少し冷ますと香気が逃げにくい
紅茶は、香りの奥行きが深いため、「どの香を聞きたいか」を選ぶ必要がある。
- 蓋碗の使い方
- 湯を入れる前に茶葉を軽くほぐして空気に触れさせると、香りの層が開きやすくなる。特に晒紅は空気によって香気の立体性を増す。
- 素焼き壺の所作:器自体が香を吸い込むため、毎回使う茶葉との“馴染み”が出る。香気を積み重ねていく感覚。要は紫砂壺を育てることもいい。
- ガラス器の注意点:香りより視覚が勝りがち。沸騰直後の湯だと香気が立ち切れになるため、湯を少し冷ましてから注ぐのが良い。沸騰直後の湯泡がぶくぶくしているお湯は避けるべき。
- 晒紅の扱い:葉が厚めで香気の芯が硬いため、器を温める「温杯法」を併用すると、乾香が立ちやすくなる。
紅茶では「蓋をしない時間」が非常に重要になる。
香りが空気と触れ合い、湯の音と混ざる間、丁寧に香りを聞く。
届いた香りはただ香ったものではなく製茶師が作り出した乾香や湿香だ。観香をおろそかにしてはいけない。
湯温について
紅茶は、高温に耐える。発酵によって茶葉の細胞壁は厚くなり、香りも熟成されている。
しかし、ただ熱湯で叩けばよいというわけではない。紅茶には紅茶の“語りたい温度”がある。
晒紅などの半発酵紅茶は、実は100℃近い湯にも応じるが、香気を丁寧に拾いたいなら、やや湯温を下げる方がいい。閩紅は繊細な花香を湛えているため、90℃前後が理想。その温度域で香りはゆっくりと開き、湯面に浮かぶ香気は奥行きを持ち始める。
滇紅のように果香系の紅茶は、甘みに焦点を当てる場合90℃、厚みを出すなら95℃が最適。
茶のタイプ | 推奨湯温 | 設計思想 |
---|---|---|
晒紅 | 95〜100℃ | 湯音で香気を誘導。温杯推奨 |
閩紅 | 85〜92℃ | 花香重視なら湯温控えめに |
滇紅 | 90〜95℃ | 甘みなら90℃/厚みなら95℃ |
正山小種 | 90〜95℃ | 火香設計。高温で香りが安定 |
緑茶由来紅茶 | 85〜92℃ | 品種により設計変更あり |
湯温は、茶葉との会話の声量。
急いて喋れば香りが崩れ、慎重すぎれば香気は眠り続ける。
紅香を“開かせる”茶ではなく、“導く”茶──泡茶人が湯の流れで香気をいかに案内するかが命となる。

緑茶由来紅茶とは
日本では多く見かけないが、有名緑茶の品種をそのまま閩紅で紅茶にしたものもある。元々緑茶に向いた品種であれど、茶葉会社は商品数の増加や新たな境地を探すために色々な加工を行なっている。特徴は以下のとおり。
- 渋みが少なく、まろやか
緑茶由来の茶葉はタンニンが控えめなことが多く、紅茶にしても口当たりが柔らかく、甘みが前面に出る傾向がある。 - 香味の層が複雑
緑茶の爽やかさと紅茶の深みが融合し、軽やかでありながら奥行きのある味わい
品種的に和紅茶に似た味わいになることが多い。特に安吉白茶の安吉紅は甘味が全面に出て和紅茶のような雰囲気になる。
投茶技法の選択
- 下投法:茶葉 → 湯。香気を閉じ込める。晒紅や滇紅向き。
紅茶においては最も基本となる技法。香気は湯に閉じ込められ、深層からじわりと浮かび上がる。晒紅や滇紅のような厚葉系には特に相性が良く、滋味の濃さと香気の持続性が引き立つ。
使用例:晒紅、滇紅、閩紅(火香系)
効果:香りを閉じ込め、長い余韻を生む
注意点:湯温は高め。急いで注がず、器の縁から静かに流し込む
- 温杯法:器を温め → 茶葉 → 湯。乾香を引き出す所作。閩紅・観香重視の茶に。
香りに“乾香”を宿らせる演出型技法。器を先に温め、茶葉を投じ、香りを聞く──この間に空気との対話が生まれる。香りを重層的に感じたいとき、また茶席に儀式性を持たせたい場合に適する。
使用例:晒紅、祁門、滇紅(観香を重視)
効果:香りの立ち上がりが強く、所作として美しい
注意点:器の温度管理が必要。湯を捨てる動作にも意味を込める
技法比較表
投茶法 | 適した茶類 | 香気表現 | 湯温管理 | 所作美 |
---|---|---|---|---|
下投法 | 晒紅・滇紅 | ◎ 滞留型 | ◎ 高温 | ○ 静謐 |
温杯法 | 閩紅・祁門 | ◎ 乾香型 | ○ 精密 | ◎ 茶芸的 |
🧾 技法のコツと注意点
- 湯の音の違いで香気の拡散が変化する
- ベストの選択は茶葉毎に違う。温杯して下投で淹れて味を確認しながら探っていくのが基本となる。
品種別適温表
晒紅は「紅茶と白茶の狭間にある茶」。湯温で紅茶寄りにも、白茶寄りにも香気が変わる。
とはいえ晒紅は最近あまりみかけない、これについては知らない人も多いと思うので後述する。
閩紅は「香りを聞く」紅茶。湯温は控えめ、香気を空気に泳がせる所作が似合う。
滇紅は視覚に語らせる茶。湯温と器によって果香をどう遊ばせるかが問われる。
品種 | 主な産地 | 葉の特徴 | 推奨湯温 | 転生型 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
正山小種(武夷紅茶) | 福建・武夷山 | 小葉・燻香あり | 90〜95℃ | – | 松の燻香が主役。蓋碗で香気を開く |
滇紅(雲南紅茶) | 雲南省 | 大葉種・果香系 | 90〜95℃ | – | 果香と厚みを両立。 |
晒紅 | 雲南・四川 | 厚葉・半晒・野趣あり | 95〜100℃ | 紅白境界型 | 湯温高めで深層の香気を引き出す。温杯法推奨 |
高焙晒紅 | 四川省 | 厚葉・烘焙香あり | 95〜100℃ | – | 焙香強め。紫陶・素焼き器向き |
鳳慶晒紅 | 雲南省 | 粗葉・野趣 | 95℃以上 | – | 水色濃厚。階層的な泡茶設計が可能 |
閩紅(福建系) | 福建省 | 芽〜中葉・柔香 | 85〜92℃ | – | 火香を抑えた繊細な香り。観香重視 |
祁門紅茶 | 安徽省 | 中葉・花香繊細 | 85〜90℃ | – | 花香設計の極み。温杯法で香気を立てる |
九曲紅梅 | 浙江省 | 芽系・甘香系 | 85〜90℃ | 清らかで果実香のある香り、低音で勝負 | |
安吉紅 | 浙江・安吉 | 白葉変異系・嫩芽 | 85〜90℃ | 香気転生型 | 清香・透明感あり。温杯法で丁寧に |
龍井紅 | 浙江・杭州 | 扁平葉・火香系緑茶 | 88〜92℃ | 火香転生型 | 焙香主体。素焼き器で味の焦点を整える |
紅碎茶(CTC) | インド・スリランカ | 微粉状・強発酵 | 不適 | 工業型 | 泡茶非対応。ティーバッグ専用 |
☀️ 晒紅とは何か──中国紅茶の古層
◾️製法的特徴
• 晒紅は伝統的な**日晒萎凋(日光による葉の萎凋)**を用いる点が大きな特徴
• 揉捻や発酵のタイミングも比較的緩やかで、火香よりも野趣や淡熟香が際立つ
• 高温殺青をせず、白茶のような柔らかな酸化と自然乾燥の境界に立つ紅茶
◾️歴史的背景
• 工夫紅茶が発達する以前、晒紅のような“簡素な紅茶”は農家のお茶として長く親しまれていた
• 雲南や四川の山間部では、白茶の文化と紅茶の製法が混在しながら作られる茶葉が存在していた
• 武夷紅茶や祁門が貴族的であるなら、晒紅は民間的で生活に根差した紅茶と言える
◾️思想的な位置づけ
• 泡茶者にとって晒紅は「香気を聴くための余白」が大きい──完成しすぎていない
• 製茶師の操作が粗めであるほど、茶人の調律の余地が広がる
• 香りは単一ではなく、野性・熟感・空気・記憶が折り重なった層として現れる
飲んだ瞬間はっきりと普段から飲んでいる紅茶とは違う味がする。
それは言葉にならないえぐみのようにも感じるし、癖になるような気配もある。
それが伝統的な晒紅。非常に泡茶で遊び甲斐がある。
伝統的ということは、大衆で飲まれていたということ。
つまり劇的に素晴らしく香るものではないということだ。

左が雲南老曼峨の晒紅。日本でよく飲まれる紅茶とは根本的に製法が違うため、味も違う。
右が四川蒙顶山の茶外茶の晒紅。紅茶ではないが、定義は謎。檜のような香りがある。
整理:紅茶の泡茶技法と香気の重層性
泡茶の技法・器・素材によって、「香りの立ち上がり」「香りの滞留」「余韻の長さ」といった要素が微細に変化する。
- 技法で整える:下投法は静かに閉じ込め、温杯法は香をはやく語り出させる
- 器で空間を定義:蓋碗は香気の立ち方を、素焼きは香気の深さを、それぞれ引き出す
- 素材で香気を折り重ねる:磁器は明快に、陶器は柔らかく、天目は沈静的に
- 湯温で語り口を調整:茶葉に合わせた温度は、香気の“声の高さ”そのものとなる
晒紅は、紅茶の中でも“輪郭の揺らぎ”を持つ存在。
白茶にも、黒茶にもなりきらないその姿は、泡茶の所作によって初めて浮かび上がる。
滇紅は甘みと果香が奔放で、はっきりとした視覚的な美しさがある。
閩紅は香気の気品があり、泡茶では「香を聞く」ことが大切になる。
終わりに──紅茶は「香気のお茶」
紅茶の泡茶は、何かを削ぐのではなく、何かを編み込ませていくと述べた。
香りが湯に包まれ、味が宿る──その変化は、静かに喉奥に残る。
茶を飲み干したあと、場が静かになったとき、残るのは香りの形であり、それを感じ取ろうとする今自分自身の心の形である。感じながら何かを考えている。
その形に気づくために、泡茶という所作がある。
泡茶探味の旅のなかで、紅茶はとくに“沈黙の深さ”と自問自答を教えてくれるお茶でもある。
終わりは、始まりでもある。
次の泡茶に向かって──その余韻を、ふたたび聞くことにしよう。