泡茶探味◾️第六章:烏龍茶──骨韻風景への導線

福建省の山間部には霧が多く、昼夜の寒暖差が大きい。そこで育つ茶葉は揮発性香気を豊かに含み、茶樹の生理特性として層状の香気構造が形成される。
この地域で生まれた青茶(烏龍茶)は、緑茶と紅茶の中間という発酵度に位置づけられながら、焙火・揉捻・萎凋の組み合わせによって独特の香韻が造られる。

泡茶においては、茶葉の内部にあらかじめ込められた香の層を適切な順番で展開することが求められ、泡茶技法とはその展開設計を担う操作体系にすぎない。
本章では、中国本土産の烏龍茶品種に限定し、香気層・品種構造・茶器・素材・空間環境・天候などを踏まえた泡茶を紹介する。

烏龍茶の構造的特性と泡茶

  • 基本的に烏龍茶は高温に耐えうる。なぜなら基本烏龍茶は製茶過程を考慮して火入れに耐えうる老葉で作られるからだ。面倒な場合は沸騰直後のお湯で攻めて良い
  • 発酵度・焙火・揉捻設計により、香気は「揮発香(青香・花香)/熟香(果香・蜜韻)/火韻・骨韻(岩香・焦香)」の3層に分化する
  • 品種ごとに香層のバランスと展開速度は異なり、泡茶者はそれに湯温・抽出時間・器材選定・注水技法で応答する

一芯七葉程度で積まれた鉄観音。
よく見る茶葉は基本一芯二葉が中心であるため、烏龍茶の泡茶後の葉底はいつもと違う風景がある。

中国では、よくこういった葉を丑(チョウ=見た目が汚い)という。
繁片も同じく、チョウだ。

しかし、見た目を悪くいう時は、反対に味はいいということだ。

品種系統と香気傾向

代表的な烏龍茶品種を系統別に整理し、香気構造と抽出設計を検討してみた。

系統主産地代表品種香気構造設計着眼点
青心系福建南部青心烏龍、梅占青花香/嫩香/果香湯速・注水角・短抽/香層制御が重要
紅心系福建中部紅心大冇、奇蘭、八仙熟果香/蜜韻/糖香湯温中高/蒸らし/時間差抽出
安渓系安渓・南靖鉄観音、黄金桂、毛蟹喉韻/乳韻/花香蓄熱器材・蒸らし
佛手系福建西部佛手柑橘香/火韻/薬韻厚器+高湯+吸香制御
単欉香型系広東鳳凰山蜜蘭香、黄枝香 他花香/果香/香型韻香型ごとに抽出設計/香譜重視
岩茶系福建武夷山水仙、大紅袍 他火韻/岩骨香/焦香多段抽出/尾韻構築/沈香制御
単純に鳳凰単欉といっても、香が多く存在し、それら毎に本来でいえば湯温や抽出手段を分けるべきである。
しかし、あまりにも膨大な数をそれぞれ全て決めて記憶しておくことはマストではない。そんなことをすると一気に泡茶のハードルが跳ね上がる。
品種に対して大体どのような泡茶が向くか理解し、あとは向き合った時に頭の中で組み合わせて整理し、感じたとおりに泡茶を行う。

香気層

青香・花香・熟香・韻香が順序を持って展開されるため、烏龍茶においては少し香気層の話を深掘りしたい。
はじまりとおわり、そしてその間の時間に操作軸がある。泡茶の際に茶器に顔を近づけて香りを聴くのもいい。まず重要なのは香気の順番ではなく、それら全てを感じ取ることができたかどうかだ。
烏龍茶特有ではないが、特に烏龍茶では以下の理由から層を感じ取るほど面白さが増す。
•  品種が多様(青心烏龍・武夷水仙など)で、それぞれ香の出方が違う
•  焙火による香の段階分離が起こり、順序として香が立ち上がる
•  香と味の変化が盃ごとに明確に出るため、層として聴きやすい
•  泡茶者の技法(湯速・器・抽出順)によって層の再構築が可能

香気層構成要素技法設計の要点
頭香(はじまり)青香・花香湯速調整/注水角度/短抽設計
中韻(間)熟果香・蜜韻湯温と蓄熱/蒸らしと時間調整
尾韻(おわり)火韻・骨香高温抽出/厚器/沈香構造の制御

茶器選定

烏龍茶は紫砂を育てることも楽しめる。蓋碗をつかって香気を感じるのもいい。
品種によって使い分けるのもいい。何を選んでも一つの答えがそこにある

とはいえここでもやはり一番おすすめなのは蓋碗だ。
しかし、他の茶類とは違い、白磁器ではなく青磁器を最もおすすめする。これには以下の理由がある。

  • 熱伝導がよく、熱を逃がしにくく保温が効き、かつ蓋碗形状であり香気を捕まえやすい。中葉〜老葉を使う関係上熱を逃がしにくいことは大きなメリットである。
  • 青磁器のデメリットは内側が白色ではないため水色が分かりにくいことだが、老葉は得てして大きく、茶葉が広がった後はそもそも白色の蓋碗でも水色の確認がしにくい。抽出時間は感覚に頼る部分があるため、水色が見えないデメリットが薄い。

蓋碗と茶壺

  • 蓋碗:香の立ち上がりに優れ、青心系・単欉系向け
  • 茶壺:保温性に優れ、佛手・岩茶系向け

素材選定

茶器素材泡茶目的香気誘導傾向素材特性(導熱性・気孔性・質感)
陶器(白磁)清香の表現を明快にする軽やかな香気を開放する導熱速め・気孔性低・質感は滑らか
磁器(青白磁)初泡の香の立ち上がりを鮮明に描く高揚系の香気を強調する熱伝導やや強め・香気発散強め・質感は硬質
紫陶骨韻を落ち着いた構造で描く焙火香や沈香を支える気孔性あり・熱保持高め・質感は厚みと密度を持つ
天目(鉄釉系)深い陰影の香韻を演出する鉄系焙火香の強調導熱遅め・香気濃度を閉じ込める・質感は光沢と重厚感
紫砂香韻の多層性を引き出す/焙火香を調える焙火・果香・骨韻を凝縮する気孔性豊か・導熱緩やか・手触りは柔和で吸香性あり
ガラス色調・香階層の視覚的演出/軽香を開放初泡の軽香〜中盤の変化確認導熱高め・香気が拡散しやすい・視覚情報に優れる

茶葉形状毎の泡茶対応(龍型が球型か)

形状に応じて「展開時間」「抽出圧」「操作間隔」が変化し、香層設計も変わる。

形状展開性対応茶種技法の要点
龍型(条索型)速い水仙・奇蘭 他湯速制御/香層の分離抽出
球型(緊結型)遅い鉄観音・佛手器蓄熱性と湯圧設計
左が岩茶肉桂(条索型)、右が清香安渓鉄観音(緊結型)

烏龍茶における「球型」と「龍型」の造形の違いは、単なる見た目の話ではない。
それぞれが歴史的背景・製造技術・香気設計の思想を背負って存在している。

まず「龍型(条索型)」は、福建省の武夷山地域や広東の鳳凰単欉など、中国の伝統的な製茶地に根ざした古典的な形となる。青茶から烏龍茶へと名称が変更されたのも、カラスのように黒くて龍のような形をしていることが語源になっている。
揉捻によって茶葉を縦方向に伸ばし、内部の汁液や香気を引き出しやすくしながら乾燥・焙火へと移行。
この手法は、手作業主体で葉の性格を最大限に生かすという考えに基づいており、焙火処理も深いため果香や火香、骨韻といった立体的な香気層が形成される。
泡茶においては、一泡目から香韻が即興的に立ち上げるようなことが可能であり、香りをさらけ出す骨格の演出が龍型の核心だ。

一方、「球型(緊結型)」は比較的新しい技術によって定着した形状で、特に台湾を中心に発展した。
1970年代以降の高山烏龍茶の台頭とともに、香りの持続性や見た目の美しさ、運搬性の向上を目的として揉捻後に玉締め成形が加えられた。
この緊結技法は、茶葉内部に香気を閉じ込め、湯との接触によって葉が広がり徐々に香りが解放されていく「演出型泡茶」を行うことができる。蘭花香や蜜香など揮発性の高い香りが数泡にわたって時間軸に沿って展開されるため、泡茶者は香の“タイミング”を設計できるという魅力がある。

製造面でもこの違いは象徴的。
条索型では葉の繊維・厚み・揉捻の強度によって焙火との親和性が変化し、その差異が個性となる。
緊結型では葉を巻く圧力によって酸化の進行を抑制しながら内部熟成をコントロールするため、香りの密度が高まる傾向がある。

運搬性等を考慮せずに楽しむものとしてだけ見た場合、歴史的には、条索型は「野生的で骨太な茶」、緊結型は「設計された香と美の茶」とも言え、文化圏や飲用スタイルの違いに根ざした美意識のような差異があると感じる。

代表品種の技法テンプレート

品種湯温投茶量 / 100ml技法ポイント
青心烏龍88〜90℃2.5〜3.5g短抽設計/湯速制御/香層の立ち上げ調整
鉄観音92〜95℃3.5〜4g蓄熱器+蒸らし/乳韻・喉韻を引き出す設計
佛手96〜98℃4〜5g高湯+厚器/韻層・骨韻の構築/呼吸間調整
蜜蘭香(単欉)90〜92℃3〜3.5g注水角度/香型に応じた香層抽出の切替
水仙(岩茶)95〜97℃4〜5g多段抽出/尾韻沈香構造/火韻の分離設計

品種ごとの泡茶設計は「香層の順序構成」として捉え、器材や環境に応じて柔軟に調整する必要がある。
答えは一通りではない。無限通りにある。毎回全く同じ泡茶なぞできるはずもないからだ。

空間構造と天候応答による香の変容

何気なく毎日お茶を淹れていても、同じ味にならない。このような経験は多くの愛好家が感じていることだ。
実は泡茶と天気の関連性は大きい。雨が降る中、烏龍茶や紅茶は特にうまく淹れられないことが多い。

  • 湿度が高い日:揮発香が抑制され、熟韻や尾韻が際立つ
  • 乾燥した日:青香・花香が立ち上がりやすく、香層が軽快に展開する
  • 閉鎖空間:沈香系の尾韻が濃く出る/香の滞留による余韻効果
  • 開放空間:頭香が拡散しやすいため、香を捉えるタイミングの設計が重要

天気・気温・気圧・空調などの外因は、香の展開順序を変化させる変数であり、泡茶設計に組み込むべき要素である。

とはいえお茶を飲む時に天気など普通は気にしないだろう。味の違いも含めて自然によるものだと飲み込み、ティーライフの一部として受け入れることが肝要だ。

まとめ

烏龍茶の泡茶は、香層の深さを聴き取る技術である。香そのものの量や種類よりも、展開順序の構成力によって一碗の価値が決まる。しかし、まずは自然体で泡茶を行いその順序を感じ取る姿勢が大事だ。

茶葉は、摘まれ、揉まれ、焙られる過程で多層的な香気構造を内在させている。つまり泡茶者がすべきことは、その構造に手を添え、必要な順序で開かれるよう整えることだ。

香の奥行きとは、香気の種類の「数」ではなく、香の「順番」にある──そう考えたとき、泡茶技法は演出ではなく設計となる。また、順番と捉えることができるなら、ワンランク上の泡茶が可能になるかもしれない。

──今日の俺は、製茶師の設計をどこまで紐解くことができた?