泡茶探味◾️第十五章:茶水比──濃淡の設計

濃淡は“感覚”ではなく“設計”から始まる

茶を淹れるとき、多くの人はまず「濃いか、薄いか」を感覚の問題として捉える。今日は軽く、今日はしっかり。気分や体調で決める。それ自体は間違いではない。ただ、泡茶を一段深く見ていくと、その“感覚”の手前に、必ず一つの設計が存在していることに気づく。それが茶水比だ。

茶水比は、単に「茶葉を何グラム入れるか」という話ではない。湯量との関係によって、香りの密度、味の立ち上がり、余韻の長さ、さらには苦渋の出方までを同時に規定する、泡茶の骨格にあたる部分だ。火や水、器をどれだけ整えても、茶水比が崩れていれば、味はどこか定まらない。

面白いのは、茶水比が変わると、味の“強さ”だけでなく、“構造”そのものが変わる点にある。薄い茶は軽やかだが平面的になりやすく、濃い茶は情報量が増える一方で、輪郭が荒れやすい。良い茶ほど、この適正帯が意外なほど狭く、少し外れるだけで魅力が急に見えなくなる。

初心者にとって茶水比は「何g入れればいいか」という実用的な指標になる。一方、上級者にとっては、香りと味のバランスを微調整するための最も直接的な操作でもある。同じ茶、同じ器、同じ湯温でも、茶葉量をほんの一匙変えるだけで、まったく別の表情が現れる。

濃淡は、偶然に任せるものではない。設計できる。
そしてその設計は、泡茶という行為を“再現可能なもの”に変え、同時に、今日の一杯をより自由なものにもしてくれる。

この章では、その最初の入口として、茶水比という考え方を整理していく。

①茶水比の基本値:3g / 5g / 7g の意味

泡茶における茶水比は、感覚論ではなく設計値として整理できる。
中国の評価基準と現場の運用を踏まえると、実用上の基準点は3g / 5g / 7gに集約される。

この3つは「濃さの段階」ではない。
目的の異なる三つの役割である。

3g──観察と評価のための基準点

3gは、中国の感官审评(官能評価)で用いられる代表的な投茶量だ。目的は明確で、「茶葉の性質を公平に露出させる」ことにある。

  • 原料の粗密、若さ・老成
  • 製程の雑味、発酵や焙火のムラ
  • 苦渋の立ち上がり方と収まり

香りは誇張されず、味も過剰にならない。そのため、良点も欠点も隠れにくい
3gは、おいしく淹れる量でも印象を作る量でもない。茶を知るための量となる
だから、最初の一煎は3gから始めるのが合理的になる。

5g──調整と再現のための実用値

3gで茶の性格を把握したあと、次に使われるのが5gという数字。5gは、香りが立ちやすく、味に厚みが出て、泡茶として成立しやすい。いわば、実用域の中心

  • 香りと味のバランス確認
  • 湯温・器との相性を見る
  • 店や家庭で再現しやすい設計

多くの茶館で「標準」として使われるのは、この5gが最もブレが少ないからだ。

7g──表現と完成のための量

7gは評価の数字ではない。表現のための数字。この量になると、香気の密度が一気に上がり、味に重量感が出て、余韻が長く残る。

7gは、茶の性格を把握した後、出したい方向性が決まった段階で初めて意味を持つ。

一方で、若い茶や苦底が鋭い茶では、7gは情報を潰す危険もある。

なぜ「すべて3gスタート」なのか

3g → 5g → 7g は、濃度の段階ではない。理解 → 調整 → 表現の段階で考えた方がいい。

  • 3g:評価・観察
  • 5g:調整・実用
  • 7g:表現・完成

全て3gから始める。そこから必要な分だけ足す。それが泡茶を感覚ではなく、設計として扱う方法になる。
中国では7g基本で使う人もかなり多いが、人数にもよるがそんなに大量の茶葉をいっきに使う必要はない。
3gでも十分楽しんで飲むことができる。

②香り密度と苦渋の閾値

濃くしたのに、良くなった気がしない理由

茶水比を上げれば、香りも味も強くなる。これは事実。
ただし、それが「良くなるかどうか」とは別問題になる。
泡茶をしていると、濃くしたはずなのに情報量が増えた感じがしない瞬間がある。 香りは重くなっただけで広がらず、味は強いが雑に感じる。 この違和感は、香りと苦渋が同じ速度で増えないことから生まれる。

香りが増える領域と、止まる領域

茶葉量を増やすと、最初は香りの密度がきれいに上がる。 花香・果香・蜜香といった要素が分かれ、立体感が出てくる段階だ。しかし、ある量を越えると変化が止まる。 強さは増しても新しい香りは出てこない。 要素は一つの塊になり、輪郭が曖昧になる。

香りには、明確な飽和点がある。

苦渋は止まらない

香りが頭打ちになっても、苦渋は増え続ける。 その結果、香りは増えていないのに味だけが前に出る状態になる。

これが、「濃いけどつまらない」茶だ。

7gで崩れる茶、7gで完成する茶

若い生茶や軽発酵の茶では、この差が分かりやすい。3gや5gでは成立していたバランスが、7gにした瞬間に崩れることがある。一方で、老叢や焙火の深い茶は違う。香りの飽和点が高く、量を増やしても簡単には崩れない。こうした茶は、7gにして初めて厚みと密度が揃う。

③香気密度と湯量の関係:小盞・大盞で変わる世界

茶水比というと茶葉量ばかりが注目されがちだが、実際には 湯量が変わるだけで、同じ5gでもまったく別の茶になる。 湯量は単なる濃淡の調整ではなく、 香りの密度と味の立体構造を決める“空間の設計”にあたる。

● 湯量が変わると、茶の「性格」が変わる

湯量は次のような要素に直接影響する。

  • 香りの立ち上がり方
  • 味のまとまり・輪郭の締まり具合
  • 余韻の伸び方
  • 香気の密度(凝縮か拡散か)

つまり、湯量は茶葉量と同じくらい、味の骨格を左右する。

● 湯量が多い(大盞・120ml前後)のとき

湯量が多いと、香りが立ち上がる空間が広がり、揮発も速くなる。

  • 香りが軽やかに広がる
  • 味わいは伸びやかで、輪郭がやや緩む
  • 印象:軽い/柔らかい/風が通る

大盞で淹れた茶が「ふわっとして飲みやすい」と感じられるのは、この空間の広がりによるものだ。
必ずしも1人だからといって小さい茶器がいいわけでもない。状況に応じて、好みによって使い分けることが肝要。

● 湯量が少ない(小盞・80ml前後)のとき

湯量が少ないと、香りが凝縮し、味のまとまりが強くなる。

  • 香気が密に集まり、立体感が出る
  • 味の輪郭が締まり、芯が生まれる
  • 印象:厚い/集中している/密度が高い

小盞で淹れた茶が「同じ茶なのに濃く感じる」のは、濃度ではなく密度の問題。私の茶館でも、同じ茶を小盞と大盞で出したとき、 「同じ茶なのに、まるで別物に感じる」と驚かれることがある。 これは錯覚ではなく、 湯量が香気密度と味の構造を変えているためだ。

● 茶水比は「茶葉量 × 湯量」の二軸で成立する

茶葉量だけを変えても、湯量が合っていなければ味は整わない。 逆に、湯量を適切に設計すれば、同じ茶葉量でも驚くほど表情が変わる。

  • 茶葉量=素材の量
  • 湯量=空間の広さ
  • この二つの組み合わせが、香り・味・余韻の方向性を決める

茶水比とは、二つのレバーを同時に扱う設計作業だ。

④茶水比(六大茶+生茶)

茶水比は「何gが正解か」という単純な話ではない。茶の種類によって、香りの出方、苦渋の立ち上がり、火功の残り方、葉性の強弱がまったく異なるため、 最適な濃度帯そのものが違う。同じ5gでも、茶によって“正解の濃さ”が変わるのはそのためだ。

● 六大茶+生茶の適正茶水比(一覧表)

茶の種類推奨茶水比(目安)特徴・理由注意点
緑茶2.5〜3.5g・香りが繊細で、低濃度で層が出る
・湯温と濃度のバランスが命
・濃くすると青みと渋みが突出
・高温+多量は破綻しやすい
白茶3〜4g・淡く淹れるほど香気層が出る
・透明感が命
・濃くすると香りが平板になる
・甘みは出るが立体感が消える
黄茶3〜4g・軽い発酵香と甘みを出すには低めが合う
・香りの層が繊細
・濃くすると雑味が出やすい
・湯温を上げすぎない
青茶(烏龍)
半球型・条形
半球型:4〜5g
条形:3〜5g
・半球型は膨らむため実質濃度が高い
・条形は抽出が速く香りが鋭い
・見た目の量に騙されない
・膨張後の“実質濃度”で判断
黒茶(熟普洱など)3〜5g・発酵香と甘みを出すには中濃度が合う
・雑味が出にくい
・濃くしすぎると重くなりすぎる
・抽出時間が長いと鈍重になる
紅茶3〜4g・香り主体の茶
・濃くするとタンニンが強く出る
・5g以上は渋みが前に出て重くなる
・香りの抜けが悪くなる
生茶(普洱)
(易武・布朗など)
易武:4〜6g
布朗:3〜4g
・甘香主体は濃度を上げても崩れにくい
・苦底主体は少量で茶質が出る
・布朗系は濃くすると苦渋が突出
・最初は3g評価が必須

● 緑茶:繊細さを守るため“低め”が基本

緑茶は香りの層が非常に繊細で、濃くすると青みと渋みが一気に前に出る。2.5〜3.5gが最も透明度が高く、濃くすると香りが潰れやすい。

● 白茶:淡く淹れるほど香気層が出る

3〜4gで淡く淹れると香気が多層的に広がる。濃くすると甘みは出るが、香りの透明感が消える。白茶は「密度より透明度」を優先する茶だ。

● 黄茶:軽い発酵香を壊さないため“低め”が合う

3〜4gで香りが最もきれいに出る。濃くすると雑味が出やすく、湯温を上げすぎると香りが飛ぶ。柔らかさを守る設計が必要。

● 青茶(烏龍):形状で“実質濃度”が変わる

半球型は湯を含むと大きく膨らみ、見た目以上に濃くなる。条形は抽出が速く香りが鋭い。烏龍は「形状 × 茶水比」で味が大きく変わる。
茶器の大きさも含めて、広がりやすい茶葉量が肝要。

● 黒茶(熟普洱など):中濃度で甘みと発酵香が整う

3〜6gで甘みと発酵香が最も安定するが、濃くしすぎると重くなる。抽出時間が長いと鈍重になるため、濃度より時間管理が重要。短時間抽出に合う茶葉量を見つけることが肝。

● 紅茶:香り主体のため“低め”が基本

3〜4gが最も香りの抜けが良い。5g以上にするとタンニンが強く出て重くなる。紅茶は「香りの通り道」を確保することが大切。

● 生茶(普洱):茶質と苦底で濃度帯が変わる

甘香主体の易武系は4〜6gでも崩れにくいが、苦底主体の布朗系は3〜4gが適正。生茶は「茶質 × 苦底」で濃度帯が大きく変わる。
耐泡であるものが多いので、多めの茶葉で味の変化を長時間にわたって確認していくのもいいだろう。

● この章の結論

  • 茶水比は六大茶+生茶で別の設計図を持つ
  • 同じ5gでも、茶によって正解が違う
  • 茶質・火功・形状・産地が濃度帯を決める
  • だからこそ、最初の3g評価が重要になる

茶水比とは、茶の個性を理解し、それに合わせて設計するための調整代となる。

⑤実践:今日から使える“設計手順”

茶水比は感覚ではなく、順序立てて決めることで再現性が生まれる。 同じ茶を、同じ器で、同じ湯温で淹れても、 設計の順番が違うだけで味は大きく変わる。 ここでは、現場でも使える実践的な手順を整理する。

● 1. 茶葉量を決める(最初のレバー)

茶葉量は、味の“素材量”を決める最初のレバー。例えば、

  • まずは 3gで性格を把握
  • 次に 5gで調整域を探る
  • 最後に 7gで表現を決める

茶葉量は「濃さ」ではなく、香りと味の構造をどう組むかの基準になる。

● 2. 湯量を決める(空間の設計)

湯量は、香りの密度と味の立体感を決める“空間の広さ”。

  • 小盞(80ml前後):香りが凝縮し、輪郭が締まる
  • 大盞(120ml前後):香りが広がり、味が伸びる

茶葉量と湯量はセットで考えるべき二軸。どちらか一方だけを変えても味は整わない。

● 3. 抽出時間を調整する(微調整のレバー)

濃度の微調整は、茶葉量ではなく抽出時間で行う。

  • 短くすると:軽く、透明感が出る
  • 長くすると:密度が増し、余韻が伸びる

茶葉量をいじる前に、まず時間で整えるのが合理的。
中国人はせっかちなので茶葉量増やして整えがち。少量でも味は出る。

● 4. 湯温を決める(方向性のレバー)

湯温は、香りの方向性を決める最後のレバー。

  • 高温:香りが立ち、茶気が上向に
  • 中温:香りと味のバランスが整う
  • 低温:柔らかく、下向の落ち着きが出る

● 5. 設計は“順番”がすべて

茶葉量 → 湯量 → 抽出時間 → 湯温 この順番で決めると、味が安定し、再現性が高くなる。

初心者は「まず3g」から始めればよいが、上級者ほど “3gの中でどう設計するか”が重要になる。
茶水比は、経験を積むほど奥行きが増す。

まとめ

茶水比は制約ではなく、茶人の最初の設計図の開き方になる。
茶葉量と湯量を決め、時間と温度を整えることで、 一杯の茶は無限の表情を見せる。
今日の一杯は、昨日の一杯とは違う。
天気も身体も、茶葉の状態も、自身の感覚も変わるからだ。

泡茶の全てに答えはない。今年の茶葉と来年の茶葉が同じ淹れ方でいいはずがない。
だから永遠に研究が続く。

その変化を受け取り、設計し、味わうことこそが、 中国茶の醍醐味であり、濃淡が描く風景である。

そして、茶人の手の中で立ち上がる一杯は、 その瞬間だけの唯一の設計として完成する。