11月中国行きます

こんにちは。世界樹の人です。

まもなく誕生日を迎え、37歳になります。
もうこんな歳か。

最近はなんだかノーストレスすぎて逆に怖いです。
空き時間に250ccの愛車のジェンマで配達を始めたのですが、これが楽しい。
運送の許可をとるのにナンバーを緑に変えたりと手続きは少し面倒でしたが、そもそもバイク乗ってるだけで楽しいのに、配達してお金がもらえるとは一体全体どういうことか。

起業して2年半、お金を稼ぐことについてよく考えます。
人はお金がないと生きていけませんが、逆にいうとお金があるなら生きていけます。
もし、働くことがお金を稼ぐことのみを目的にした場合、月30万稼いで生きていくだけならしんどい思いをせずともできることは色々あるのかもしれません。

今時給換算すると、前職の半分くらいかもしれませんが、余裕で生きていけています。
でも今は仕事時間とプライベート時間をきっかり分かれるような生活ではないので、この計算は当てはまらないかもしれません。

儲かってはいませんが、今の生き方にシフトして、色んなことを経験して本当に良かったと思います。
日本にも大陸にも戻る場所ができたのですから。


と、いうことで11月に1、2週間ほど安徽省の方に行こうかと思います。
今回は久々の新規開拓です。
起業時はあっちこっち飛び回っては話をしてお茶を飲んでお酒も飲んで色んな文化や民族に触れて遊びか仕事かよく分からないことを行なっていましたが、ここ最近は店やその他事業が忙しいことにかまけて新しい場所に勉強にいくことを少しおろそかにしていました。

ずっと勉強したかった「六安茶」、それを作っている「安徽省」これについて学び、買い付け先と現地視察までできるコネクションを作りに訪中することにしました。

安徽省について

安徽省は、中国東部に位置し、北に淮河、南に長江が流れる、中国の南北の境界にあたる地域です。
省西部には大別山が連なり、北部の平原から南部・西部の山地まで、地形は大きく変化しています。
そのため、古くから北方と南方の文化が交わり、人や物が行き交う土地でもあったようです。
省都の合肥(フーフェイ)は江淮地域の中心として発展し、西部の六安や霍山などでは大別山の豊かな自然を背景に茶業が発達しました。黄山毛峰、太平猴魁、祁門紅茶、六安瓜片など、安徽を代表する茶が多いのも、この複雑な地形と気候の影響があります。

茶も農業も食生活も民族も、その土地を知ることから入りたいと思います。
このような土地に根付く物事を腹にストンと落とすには、私にとってこれが一番です。

安徽省という土地を知ろうとすると、まず「南北の境目」という性格が見えてくる気がします。

合肥は江淮の中央に位置する古い都市で、古くから軍事・交通上の重要拠点でした。
現在は安徽省の政治・経済の中心ですが、その歴史は「廬州」という名前にも残されています。
淝水が流れるこの地域は、三国時代に魏と呉が激しく争った場所としても知られ、後世にも江淮を守る要衝として重要な役割を担ってきました。
合肥と六安は現在では別の都市ですが、歴史的には行政区画が重なっていたようなので、地理的にも大別山から江淮平原へ続く一つの地域として深く結びついてきました。
文化は同じと言っていいのではと思います。

その合肥の西にある六安は、いわゆる「皖西」の中心です。
大別山北麓に位置し、南西には山地、北東には江淮の平原が広がっています。六安という地名は、漢の武帝が紀元前121年に六安国を置いたことに始まるとされています。
さらに古くから皋陶ゆかりの地としても語られ、楚漢文化、山水文化、そして近代には大別山革命文化が重なった土地です。特に金寨、霍山などの大別山地域は、中国革命史においても重要な舞台となりました。

そして、この山地の歴史を語るうえで欠かせないのが茶です。
というか安徽省といえば茶です。というくらいには有名です。

安徽の茶文化そのものは非常に古く、晋代の文献には「廬江」から良質な茶が産出したという記録が残されています。現在の合肥や六安の一部を含むこの地域では、早くから茶の利用が行われていたと考えられています。唐代になると、六安周辺の茶は「廬州六安茶」として『茶経』にも記され、さらに霍山の黄芽は宮廷への貢茶として知られるようになりました。

明代になると六安茶の名声はさらに高まり、「六安茶為天下第一」と評されるほどになります。その流れの中から、現在の六安瓜片へとつながる独特の茶づくりが生まれました。
六安瓜片は芽や茎を使わず、葉そのものを一枚ずつ仕上げているので、青香や野香の強い味わいです。
そして「拉老火」と呼ばれる強い火入れによって、独特の香りと味わいをつくります。
現在の六安瓜片の直接の前身である六安梅片は明末清初に成立したとされ、「六安瓜片」という名称が一般化したのは清末から民国期にかけてと考えられています。

つまり、合肥と六安を結ぶ道筋は、単なる都市間の距離ではない。
江淮の平野から大別山へ向かうにつれて、土地の姿が変わり、歴史が変わり、そして茶の姿も変わってきているかもしれないが、それは大きいのか小さいのかは行って感じてみないと分からない。

安徽の茶を知ることは、茶葉そのものだけでなく、南北の境界にあり、山と水のあいだで人と物が行き交ってきた、この土地そのものを知ることでもあるのです。

六安黒茶について

六安の黒茶と聞いて、まず注意したいのは、六安茶には現在の六安瓜片のような緑茶だけでなく、黒茶に分類される「六安籃茶」があることです。
六安籃茶は、谷雨前後に摘んだ一芽二葉、一芽三葉、あるいは対夾葉などを原料とし、殺青、揉捻、晒坯、乾燥、篩分、露茶、蒸圧、烘焙を経て、最後に竹籠へ詰めて熟成させます。

20以上の工程を経ることも特徴です。 

私の得意な陕西省の茯茶や湖北の青磚茶等々は、蒸して圧縮し、その後の発酵・熟成によって味を育てるものが多くあります。一方、六安籃茶は竹籠に詰めて長期熟成させることが大きな特徴です。
製造後すぐに完成するというより、時間を経ることで茶味がまろやかになっていき、竹の香も付くという点が黒茶の中でも特異な茶として扱われてきました。フレーバーティーとも言えます。
1930年代にはすでに六安籃茶の茶号が多数存在し、東南アジアにも広く流通していた記録があります。
 
同じ「六安」の名を持ちながら、芽や茎を除いて葉だけを仕上げる六安瓜片とはまったく異なる方向の茶です。
六安という土地には、強い火で香りを引き出す緑茶と、時間をかけて熟成させる黒茶という、対照的な茶づくりが存在しています。

簡単にいうと、六安籃茶は、普洱熟茶のように製造工程として高温・高湿度の環境をつくって微生物による発酵を積極的に進める「渥堆」工程がないということです。
製造時に一気に後発酵を進めるのではなく、製造後の時間を利用して変化させるところが重要です。

一方、製造後に竹籠へ詰めて長期間保存する間には、茶葉の水分、温度、酸素などの条件によって、微生物を含むさまざまな生化学的変化が起こる可能性があります。ただし、それがどの微生物によって、どの程度進むのかについては、普洱熟茶などほど明確に研究・体系化されているわけではありません。

これが、ずっと現地にいって勉強をしたかった理由の一つです。
堆渥によって微生物発酵を人工的に進める黒茶ではなく、製造後の陳化の過程で徐々に変化していく黒茶。
言葉で理解するのは簡単ですが、これは市場や茶農家、作り手さんの交流なしでは、語れるようにはならないでしょう。


ここまで私の記事にお付き合いいただいている茶オタクの皆様には、当然ある一つの疑問が頭に浮かんでいることでしょう。

それは、六安黒茶は世界・中国標準の六大分類における黒茶に分類してよいのか、ということですね。

黒茶といえば、普洱熟茶の渥堆を思い浮かべる方も多いと思います。
茶葉を積み重ね、加湿して微生物の活動を促し、茶葉を大きく変化させる工程です。
しかし、六安籃茶の製法を見てみると、このような明確な渥堆工程が見当たりません。

国際規格ISO 20715:2023では、黒茶の特徴として、茶葉を堆積・加湿し、微生物の活動によって茶葉を変化させる「piling fermentation(堆積発酵)」を定義しています。一方で、黒茶を普洱熟茶だけに限定しているわけではなく、「その他の黒茶」という区分も設けています。

ここだけ見ると黒茶とは呼べない気がする。
では、六安籃茶では微生物による発酵が起こらないのか?

ここは、「渥堆をしないこと」と「微生物が関与しないこと」を分けて考える必要があります。
茶葉は製造後も、温度や湿度、酸素などの環境によって変化します。
竹籠に詰められた六安籃茶も、長期間保存されるなかで、茶葉の成分がゆっくりと変化していきます。
ただし、その変化を「微生物による熟成」と断定できるだけの十分な資料は、現時点では確認できません。

もし、渥堆もなく、微生物も関与しないのであれば、さすがに黒茶と呼ぶのは無理がありそうですね。

これは単なる分類上の問題ではありません。黒茶とは何をもって黒茶と呼ぶのか。
そして、茶葉が時間の中で変化する「陳化」と、微生物によって積極的に変化させる「発酵」は、どこからが同じで、どこからが違うのか。
分類は分類でしかありませんが、味わいに影響を与える根本的な問題に繋がっていくため、興味が湧いてくる訳です。六安籃茶を見ていると、黒茶という分類そのものについて考えさせられます。

むしろ、渥堆を中心としない黒茶が、なぜ黒茶として成立しているのか。
そこに六安籃茶という茶の、もう一つの面白さがあるのだと思います。


製茶した茶農家さんが、黒茶といえば黒茶だ。
緑茶といえば緑茶だ、という議論もありますし、さまざまな作り方が錯綜する茶において、6種に分けることが自体がそもそもナンセンスなのかもしれません。

六安茶は六安茶だ!それでいいのかもしれません。

しかし、探究と究明はこういった疑問から生まれ、それが楽しさに繋がっていきます。

雲南で茶馬古道を廻ってわくわくするような気持ちが湧いてきました。
11月が楽しみです。


【参考】
https://www.luan.gov.cn/zjla/lasq/whp/2638461.html?utm_source=chatgpt.com