茯茶とは
茯茶(フーチャ)は中国の黒茶に分類される発酵茶の一種であり、内部に現れる「金花」と呼ばれる黄色い菌体を最大の特徴とする茶である。当ブログでも幾度となく扱ってきた茶葉である。
筆者は西安に友達が多く、長く滞在していたため、茯茶を選び学ぶ時間が大いにあったという幸運に恵まれていた。
金花は冠突散囊菌(Eurotium cristatum)という微生物で、茯茶の品質を左右する重要な存在として知られている。茶葉の内部に小さな黄金色の粒として現れるこの菌は、製造工程の中で特定の環境条件によって育てられ、茯茶特有の甘味と柔らかな菌香を生み出す。
茯茶の歴史は古く、その起源は現在の陝西省咸陽市涇陽県周辺にあるとされる。
明代から清代にかけて、この地域は中国西北へ向かう茶の重要な集散地であり、シルクロードを通じて新疆やチベット方面へ輸送される茶の加工拠点として栄えていた。当時、西北の遊牧民族にとって茶は生活必需品であり、肉や乳製品中心の食生活の中で脂肪の消化を助ける飲料として広く飲まれていた。
そのため中国内地から大量の茶葉が西北へ運ばれ、圧縮された黒茶として流通するようになった。
これはいわゆる茶馬交易とも呼ばれる交易の流れの中で発展した茶文化である。
涇陽はその輸送途中の加工地として発展した地域であり、南方から運ばれてきた黒毛茶を蒸して圧縮し、輸送に耐える形へ加工する工程がここで行われていた。
その過程で偶然発見されたのが「金花」である。圧縮した茶を一定の温度と湿度で保管していると、茶葉内部に黄色い菌が生えることがあり、それが味を柔らかくし香りを豊かにすることが経験的に知られるようになった。こうして金花を持つ茯茶が次第に価値ある茶として認識されていった。
しかし時代が進むと、茯茶の生産地は大きく移動することになる。
清代末期から近代にかけて、製造の中心は湖南省安化へと移った。
理由の一つは原料供給の問題である。安化は黒茶の主要産地であり、茯茶の原料となる黒毛茶を大量に確保できる地域であった。元々金花の胞子も安化発祥である説が強い。原料の産地で加工を行う方が輸送効率も良く、生産拠点は次第に湖南へ集約されていった。
こうして長い間、茯茶は湖南安化の黒茶文化の中で発展することになる。安化黒茶の一種として製造され、独特の発花工程によって金花を育てる技術が磨かれていった。金花の発生には温度・湿度・通気など複雑な条件が必要であり、この工程は長く職人の経験によって支えられてきた。
ところが21世紀に入り、再び大きな動きが起こる。
茯茶の発祥地である陝西省が、歴史的な製法の復興を進めたのである。
研究と技術開発によって涇陽地域での茯茶生産が再び始まり、現在では「涇陽茯茶」としてブランド化されている。
こうして茯茶は、湖南で発展しながらも、その起源である陝西へと戻ってきた。
製法の面では、茯茶は黒茶の中でも特に独特の工程を持つ。基本となる原料は黒毛茶であり、これを蒸して柔らかくした後、圧縮して成形する。代表的な形状には「茯磚茶」と呼ばれるレンガ状のものがある。
その後、温度と湿度を管理した環境で「発花」と呼ばれる工程を行い、金花菌を繁殖させる。この発花工程こそが茯茶の核心であり、菌が均一に育つことで茶湯には特有の甘みと柔らかさが生まれる。
日本でよくある誤解として、あくまでこれらは自然発生した菌であるということだ。
日本の発酵技術というと、日本酒や納豆等でもみられる麹を加えるような所謂スターターありきの文化であるが、中国では温度湿度管理による自然発生による発酵が多い。しかし陕西省の工場ではすでに住み着いた菌がいるため、捉え方は難しいところだ。
金花菌は単なる見た目の特徴ではない。微生物による代謝過程の中で茶葉の成分が変化し、苦味や渋味が和らぎ、まろやかな味わいが形成される。これが茯茶を他の黒茶と区別する大きな要因である。
金花が豊富に見られる茶は品質が高いとされ、茶湯にも独特の菌香が現れるが、量が多くても臭いものもある。重要なのは発酵管理の中身だ。
味わいの特徴は、黒茶らしい落ち着いた厚みの中に、柔らかな甘味と穏やかな香りが重なる点にある。湯色は橙黄から琥珀色に近く、透明感のある金色の茶湯になることが多い。濃く抽出すれば重厚な味わいになるが、この茶の個性である菌香や甘味は、やや軽やかな抽出の方が感じやすい。
そのため、金花という名前にもかけて、金色の水色になるように泡茶することが味も香りも感じやすく、現地でも好まれるが、それが少し難しかったりもする。
器については、壺と蓋碗のどちらでも楽しむことができる。
壺を使うと香りがまとまりやすく、味わいは柔らかくなる。
一方で蓋碗は湯色や香りの変化を直接確認しやすく、茶湯の状態を細かく観察できる利点がある。
茯茶は比較的安定した抽出が可能な茶であるため、器の違いによる表情の変化を楽しむのもいいだろう。
泡茶
泡茶のコツについて、まず茯茶は、失敗はしないが最高の状態にするには慣れが必要な茶である。
一般的には軽めの抽出でプーアールや蔵茶のように黒々とした水色にならないようにして飲むといいと言われるが、2分付けたとて渋くなる訳ではない。
少量の茶葉で煮茶も可能。
ここではあくまで泡茶の一手法として筆者が美味しく飲めると考えている方法を紹介する。

①撬茶(qiao cha)
チャオチャとは、塊から茶葉を剥がすことを言う。
茯茶は全て砖茶といってレンガ状に固められている。
標準規格では35 × 18.5 × 5 cm の長方形で、これは角があり積みやすく、厚みが一定で餅茶より発花させやすい特徴がある。
中国では、「喝一杯好的普洱茶,撬茶是第一步(一杯の旨いプーアールを飲むには、餅茶を剥がすところから」と言う。
茶葉をはずす行為は非常に重要な工程の一つだ。
左の写真は2.5g、左は少し荒め、右は茶葉を1枚づつ剥がした状態である。
②蓋碗泡茶


写真左が1煎目、右が2煎目。条件は100度で100cc、短期抽出。
茶海の左側が荒めの茶葉、右側が葉を1枚づつ外した茶葉である。
水色は左側が薄く、右側は鮮やかな色でやや濃い。1枚づつはずすと湯が接触する表面積が大きいため、しっかりとした抽出が可能となり、輪郭がはっきりする。
短期抽出なので黒々とはしていない、これくらいの色合いで飲むのがいい。

左が荒め、右が1枚づつ外したもの。
③水色の様子(杯子)


1枚づつ葉を外した茶葉で、左の写真が1煎目、右が2煎目である。
水色にも味、香に大きな変化はないが、色はやや2煎目が濃い。
ただし、1煎目は100度、2煎目は90度まで下げている。1煎目で葉は抽出の準備が完全に完了しているので、同じ条件で淹れると濃くなるのは明らかである。
3煎目以降は60度でも同様の水色が出せる。温度をさげるか、抽出時間を短くするか。
少しでもブレると水色が濃くなる。

左の写真は2分坐杯した様子である。
他の黒茶と同じくらい濃く、どしんとくる味わいに変化する。
個人的に口感はあまり良くなく、渋みえぐみはないが、喉をすっきり通らない。
独特の棗のような香と菌香、果香はひとまとまりになり、感じ取りにくい。
が、これが好きな人もいるだろう。
決して飲めない渋さがあるわけではない。
③茶壺泡茶


1煎目の様子。100度で短期抽出。入れてすぐ抽出している。
茶壺の場合は温度が篭りやすく、香りが立ち上がらないが、この壺は養壺済であり、香りは厚く、芳醇な飲み応えになる。茯茶は養壺が向いた茶葉だ。
こちらも2煎目以降は少し温度をおとし短期抽出するといいだろう。
④おすすめの抽出時間と温度
茯茶を飲み続けた筆者の参考値である。実際には茶葉量、水量、気圧、湿度、好みを踏まえて再構築する必要がある。
| 煎数 | 蓋碗 | 茶壺 |
|---|---|---|
| 1煎目 | 100℃ 短期抽出 | 100℃ 短期抽出 |
| 2煎目 | 95℃ 短期抽出 | 90℃ 短期抽出 |
| 3煎目 | 90℃ 短期抽出 | 80℃ 短期抽出 |
| 4煎目以降 | 3煎目と同じ条件 | |
繰り返しになるが、香りも口感も、目標は「金色の水色」をつくることにある。
想像以上の早さで抽出することが望ましい。
この茶はうまいと思える自分の金色加減を見つけることが肝要だ。
最後に
茯茶は黒茶の中でも個性がはっきりした茶であり、最大の魅力は金花菌によって生まれる独特の甘みと菌香にある。
濃く重く抽出したとしても、紅茶や生茶のように飲めないような渋さが出るわけではなく、味わいは丸く柔らかくまとまり、静かな余韻が続く。これは黒茶としての後発酵と、発花工程によって茶葉の成分が変化しているためである。
茯茶はもともと陝西省咸陽・涇陽で生まれた茶でありながら、歴史の中で生産の中心は湖南へ移り、長い間その土地を離れることになった。黒茶文化の中で技術は磨かれながらも、発祥の地からは一度姿を消した茶だ。
しかし近年、茯茶は再び咸陽の地で復興され、涇陽茯茶として新たな歴史を歩み始めている。
長く泡茶しても崩れない柔らかさと、静かに広がる甘みの奥には、長い時間の積み重なりが確かに存在している。
始皇帝が構えた都の咸陽で、一度手放し取り戻した誇りと、歴史の深さがそこにある。
