こんにちは、世界樹の人です。
4月から長期で中国に行くにあたり、計画が進むにつれてワクワクしつつも、日本での平和な日々にもだいぶと慣れてきました。
思い返せば2年前、離婚してその3ヶ月後に辞職・起業、、精神的にも不安定な状態で首の皮一枚繋がったような生命力で生きていたことを思えば、今は本当に落ち着いているなあと思います。
心の状態で、大切な人やペットを失ったりした時に、胸に穴が開いたとか、胸が裂ける思い、締め付けられる、えぐられる、とか色々な言語表現があります。同じ悲しみでも、人によっては心の中心が抜け落ちるように感じたり、内側を削られるような感覚があったりするのだと思います。
私は2年前「心がバラバラになった」と感じていました。
自分の深い悲しみと心の状態を身体で確認した時に、体の中心にある心の形が原型をとどめず、粉々に砕け散って飛散しているような状態に感じ取っていました。
それらの欠片は決して外には出ず、あくまで自分の内側で破片となって散らばっていたようです。
胸にぽっかり穴が開くという表現は自分的には不適切で、やはりバラバラで、そのかけらを感じとるためにぐーっと悲しみが押し寄せてくるような状態です。
それはもう二度と再生されないと思っていて、少なくとも1年以上は散らばった状態でした。
今、茶気に関するワークショップも行い始めたのですが、
気というとなんだか精神世界の話のように感じ、胡散臭いと思う方もいるかもしれませんが、
これは物理現象の延長線上にある話で、飲み込んだ茶水が胃に落ちた後、次に刺激を感じるのはどこかという話です。
腰椎や丹田のあたりにずっしりと貯まるのか、鼻を抜ける香りを感じるのか、
飲むというファーストインパクトの後に次に来る刺激を感じる体の部位がどこかによって、茶気が上向か下向かを言っているだけの話です。
なので華やかに香り高ければ上向であることが多いし、重ための味わいであれば下向きであることが多いです。
これは、私が中国の茶人たちと話した結果自分なりに言語化した内容です。
もちろん、精神世界の話だけで例える人もいます。私は元々超絶理系脳ということもあり、あまりにも行きすぎた感覚論は少し理解が難しいです。
そうやっていると、体の中にある無形のものがまるで有形であるかのように感じ取れるようになります。
心が今穏やかに丸いか、少し尖っているか、バラバラになっているかどうかです。
先日、なんとなく自分の心の状態を胸に聞いてみると、バラバラではありませんでした。
完全に元通りではないものの、あんなにもジグソーパズルよりも難解に粉々だったはずの心が、わりとちゃんとした人間の心の形になっていました。
これは本当に、少しづつ元に戻っていったのだと思うし、仲良くしてくれた人たちのおかげでしかないのだと思っています。
キングダムハーツというゲームで同じような表現がありました。
悪者に心を壊されたヴェントゥスが、主人公ソラから心の欠片をもらって、少しづつ心を再生していきます。
これは、とある大切な方に話したことなのですが、
めちゃくちゃ臭い言い方ですが、これからは関わった人たちを最終的に幸せにできる人間になりたいと思っています。
離婚した前の奥さんも、逃げられて迷惑を被った家族付き合いをしていた中国人も、私のどこかにいる本当の家族も、
一瞬を捉えれば私と関わって幸せだったことはあるかもしれません。でもこれらの人たちは最終的には私と関わったことで不幸せを得ています。
後から考えると、不幸せながらもいい思い出だったなあと思ってくれる人もいれば、過去に戻れれば出会いたくなかった、と思う人もいると思います。
私自身、私に不要と感じた人間は切ることが多いので、そういった人たちに対して後悔があるわけではありません。迷惑は迷惑です。不要は不要です。
ただ、関わった人たちに不幸を振り撒くのではなく、福を与えることがしたいと思います。
それは多分長い人生の中で、全ての人間が目指すべき場所であり、最も達成する価値のある目標なんだと思います。
これからはきっと、色々なことがうまく流れていく、そう思います。
